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じぇには臨床検査技師としてどのように歩んできたのか?僕が歩んできた技師としての半生です②

 

みなさんこんにちは!

じぇにです

アフィリを始めて約半年がたって、今月でついに

『脱サラ』します!!

前回に引き続き少し自分の技師人生を振り返ってみますね

最初のうつの期間はどう過ごしたの?

 

職場で倒れてから約2週間休暇を頂きました。

地元に帰り過ごすことにしました。

幸い地元の友達がまだ大学生の方もいて

毎日誰かが遊んでくれて

引きこもることもなく元気に過ごしていました。

この間収入が減ることに非常に不安を覚えましたが

元気に復帰することが何よりも重要だったので

よなよな遊んでもらったのを覚えています。

 

当時は奨学金の返済に加え、

実家への仕送りもあり

かなりカツカツの生活でしたね。

人の嫌がる仕事や当番なんかを積極的にやって何とか収入を確保していた感じです。

今だったら労基や働き方改革で完全アウトな働き方でしたが

学生時代も休みの日は全てバイトに費やしてたので

明るい未来のためって思ったら全然できましたよ!

 

最初のうつからの復活

 

うつの間は当時の上司が病院に連れて行ってくれたり

担当医の話も一緒に聞いてもらって

病理以外での再スタートを切る事になりました。

これがきっかけでマルチなジェネラリストになるんで結果良かったですね。

最初は生学や生理検査を担当しながら広く浅い技術や知識を蓄えていきました。

セクションが固定してないので少しふらふらしながら仕事してたんですけどね!

その後一般検査と血液検査を中心に

病理の業務もカバーする形で仕事してましたね!

 

血液検査は学生時代に実習先でスペシャリストがいたので希望する分野だったしどんどんのめり込んでいきましたね!

 

そうして忙しくしてるうちに

自分がうつであった事なんて忘れるくらいすっかり元気になっていきました!

 

出会いそして結婚

すっかり元気になって本来の自分を取り戻した僕

いつも笑顔で元気よく職員間でも自分から挨拶するような

話しかけやすいような感じだったのかな?

 

仕事も少し落ち着いたけど

両親が離婚して仕送りしながらの生活で楽ではなかったです。

一食100~200円くらいで過ごして

遊んだり洋服かったりの費用を捻出してた感じですね。

 

そんな時に出会ったのが前の妻です。

自分の事よりも僕の事を気にかけて

当時お金なかったので

どれだけ食べさせてもらったかわからないですね。

 

彼女はバツイチで子供ができにくい体だったので

僕と付き合う前から不妊治療を将来に備えてしていました。

大きなトキメキは感じなかったですが

献身的で素直な彼女に惹かれて

頑張って養っていきたいと思い

僕が20代半ばの時に結婚しました。

 

体外受精までしましたが子宝に恵まれる事はなかったですけど

付き合ってから結婚までの約20年間

幸せに過ごせたのは彼女のおかげですね。

 

頑張って生きていかなければいけない!どうするお金!!

今後どうやって技師の給料で食っていくのか??

みんなが頭を悩ませる問題ですね!

もし病院が潰れたら?

再就職しなければならなくなったら?

僕は当時そんな事考えながら過ごしていました。

 

パソコンは持ってたのでお金の問題を解決する手段を結構探してましたね。

当時はポイ活しながら商品券もらったり

懸賞で何か当てたり

費用対効果が低い事をスキマ時間でやってましたね。

お陰様で楽天はついに50万ポイントゲッターになったんですけどね笑

他には技師として次のステップへ進むべく認定資格の取得に精を出しました!

当時は勤務評定の導入が検討されていたので
アドバンテージを手に入れるためにも必死で勉強して
結果2個の認定資格を取りました!

ちなみに給料は一円も上がらなかったんですけどね笑

研修会費や交通費、書籍や学会日、検定料なんかで車一台買えるくらいは使いましたね。

これは何とかしないと誰もやらなくなると思うんですが。

責任と仕事、出費が増えて給料が増えないで結果マイナス

これが現状ですし

保険点数が全てですからね。

こんな仕事魅力感じますか?
魅力が半減ですよ。

 

日本の医療はやる気ある有志の力でなりたってますね。
コロナも来ちゃってこのままだといつか崩壊しますよ。

 

 

 

ABOUT ME
じぇに
アラフォーの医療職。 ゴルフにドライブ、焼肉とラーメンが好きです。